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スタート地点から見る

 現代は子供が大事にされる時代である。
 子供が少ないというのが最大の理由だろうが、これほど子供に手がかけられている時代はかつてなかったであろう、たぶん。
 でも、同時に、子供がストレスをため込んでいる時代でもあると思う。これも歴史の中で現代が一番じゃないだろうか(根拠はないが)。
 まあ、子供にとって幸せだか不幸だかわからない時代とも言えると思う。

 どうしてこんなに子供にとってストレスの多い時代なのか。

 それは「理想の子供像」が先にあって、その像に近づくことを余儀なくされるからではないだろうか。
 家庭にも学校にも、きちんとしつけ・教育をすれば子供はこうなるはずだという理想像がある。

……朝食をきちんと摂り、元気に学校へ出かける。授業中は真剣に先生の話を聞き、休み時間には寸暇を惜しんで、英単語を覚えたり、読書をする。掃除や係の仕事も手を抜かない。思いやりがあって友だちにも信用されている。放課後は部活動に打ち込み、帰ってきたら息抜き程度のTVは見るけど基本的には勉強勉強……

 そんな「理想の子供像」を想定している。

 きちんとしつけ・教育すれば「理想の子供」になるという考え。それは裏を返せば、そうならないのは親や先生の力量不足ということになる。
 そう考えれば家庭や学校が子供に手をかけるのもわかる。力量不足なんて評価は誰だってごめんだからだ。

 でも、言うまでもなく、いくらしつけや教育を熱心に行ったってそんな子供ばかりになるなんてことはあり得ない。
 それに、そもそも「理想の子供」になることは子供にとって幸せなんだろうか?
 そうも思えない。子供自身と言うより、「親」や「先生」にとって幸せなんじゃないかって気がするのだが。

 以上をまとめる。
 現代の子供たちは、(親や先生の幸せのために)「理想の子供」になること、そのために「頑張る」ことを要求される。
 子供たちも親や先生の期待に応えようと「頑張る」。期待に応えられなきゃ「ダメな子供」になってしまうと思うから。
 それが現代の子供たちにストレスが溜まる理由ではないだろうか。

 この問題に我々大人はどう対応すればいいのか。

 子供を見るために大人が立っている場所を変えることだと思う。そこが間違っていると思うのだ。

 現代の大人たちは前述のように子供を「理想」から見ている。
 理想というのは、言わばゴールだ。そこから見たら誰だってそこに達していないダメな存在になってしまう。
 そうじゃなくて、「現状」や「現実」という、言わばスタート地点から見るべきだと思う。
 そうすれば、ちょっとした前進でも褒めてあげることができるから。

 そして、子供たちを前進させるためには、今子供たちがいる場所を認めてあげることが大切だ。
 「理想の子供像」を基準にして「あなたはここがダメ、そこがダメ」って言うんじゃなくて、ありのままの子供を認めてやることが大事だと思うのだ。「あなたはそのままでいい」と。
 そうすれば子供たちは、ありのままの自分が受け入れられているという安心感や、今のままの自分でいいんだっていう自信を持つことができる。
 そういう安心感や自信があって初めて、「やってみよう」って意欲も出てくるのではないだろうか。
 そういう自発的な意欲の下で行う勉強と、頑張らなくては認められなくなってしまうという、言わば恐怖感の下で行う勉強とを比べてみて、どちらが子供にとって幸せかなんて言うまでもないことだろう。
 もちろん、勉強の効率という点でも。(勉強の効率なんて本来どうでもいいことなのかもしれないが、現代の大人たちがこれに目をつぶることができるとは思えないので一応触れておく。)

 大人たちよ、ゴールから子供たちを見ることはもうやめよう。
 「子供のため」……それは本当に「子供のため」なのだろうか?

 (2006/07/14)

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