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「きみに読む物語」

「きみに読む物語」(ニコラス・スパークス 翻訳:雨沢泰)を読んだ。
アルツハイマーで自分が誰かさえわからなくなった女性に、ある男がひとつの恋愛話を話して聞かせる。実は、女性はその男の妻で、語られる話は、二人が出会い結婚するまでの事実であった……。
感動的な話だけど、翻訳がいまひとつ。こういうのを読むと、自分が翻訳したくなる。実際は、翻訳されたのをさらに自然な日本語に直すって作業になるのだろうが。
…と文句をつけてみたが、これは読んでよかった。映画にもなっているので、観てみたい。

以上のように書いたのが、2月上旬。
この記事をアップすることなく、そのまま放置してしまったのだが、3月上旬にDVDで見ることができた。その感想も書く。
青春時代の男主人公ノアが快活すぎないか、というのが気になった。小説では詩を愛する男として書かれているが、とてもそうは感じられない。だが、青春期特有のエネルギーや「はじける」感じがあって、小説以上に魅力的とも言える。
女主人公アリーと婚約者については(小説もだが)もう少し量的に多く描く必要がある。そうしないと、婚約者を捨ててノアを選ぶ際のアリーの苦悩が視聴者(読者)に伝わらない。ろくに描かれてもいないため、婚約が軽いものになってしまうから。婚約の「大きさ」「重さ」を描いて初めて、二人(ノアとアリー)の愛が、困難を乗り越えて成就した「物語」となり得るのである。
 
全体としては非常によかった。映画館に観に行っても「損した」とは思わなかっただろう。
ただ、小説と映画のどちらがよかったかを聞かれたら……やはり小説かな。原作を越える映画はなかなかないものだ。

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学級通信第4号の詩

ガイハンボシって病気がある
足に合わないカワイイ靴、カッコイイ靴でなるらしい
自分をよく見せたいって気持ちが生み出す病気…
だとしたら
「心」のガイハンボシってのもあるのかな
見栄とか虚栄心って私にもあるけど
真っ直ぐな「心」の親指で真っ直ぐに歩いていきたいな
ところで、あなたは……

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ゆっくり

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夢を持て
夢を叶えろ

本を読んでも
歌を聴いても
先生の口からも

夢、夢、夢

夢が見つからない君は
置いてきぼりを食らったようで
焦りや罪悪感さえ覚えてしまう

急がなきゃ
急いで夢を見つけなきゃ

だけど
本当は
ゆっくりでいい
ゆっくり自分を大きくしていけばいい

そうすれば
夢のほうが君を探しに来るよ

自分を大きくしていこう
ゆっくりじっくり

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「有限」であること

3月1日卒業式。
こんなことを思った。

…高校は3年間で卒業するところなのだな…

言葉にすると「当たり前」過ぎる。今さら何を、と思われるだろう。
だが、限りがあること、終わりが来ること、「有限」であることにしみじみと思い至ったのだ。

3年間という「限り」。それがあるから、高校時代の一瞬一瞬はかけがえのないものとなる。
無限に続くのであれば、「今」はその輝きを失ってしまうだろう。

そんなことを思った。

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考えてみれば、高校生活ばかりではない。
全てのものに限りがある。終わりが来る。
永遠に続くものなどない。
なぜなら、認識する主体である「私」は死んでしまうのだから。
いつか必ず生命の終わりを迎えるのだから。

それは悲しいことだろうか。
そうかもしれない。

でも、素晴らしいことでもある。

人生に限りがあるから、人は「今」を精一杯生きようとする。
永遠に生きられたら、毎日を怠惰に過ごしてしまうだろう。

可能性に限りがあるから、自分に与えられた能力を最大限に伸ばそうとする。
無限の可能性など嘘だ。自分にはこれしかないと思えるから、それを頑張れる。

出会いに限りがあるから、誰かを心から愛そうとする。
無限に出会いがあるのであれば、誰かに執着する気持ちもなくなる。
それは、苦悩や嫉妬から免れた「楽」な生き方かも知れない。が、その激しさを知らなくて何が人生だろう、とも思う。

「無限」になど価値はない。
人生は「有限」だから素晴らしい。

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