綿毛

俵万智『プーさんの鼻』で気に入った短歌。

生きるとは手をのばすこと幼子の指がプーさんの鼻をつかめり

親子という言葉見るとき子ではなく親の側なる自分に気づく

たんぽぽの綿毛を吹いて見せてやるいつかおまえも飛んでゆくから

特に「たんぽぽの…」が好きだ。
そもそも新聞の書評でこの短歌が紹介されているのを見て、「いいな」と思い、読んでみたくなったのだった。
紹介されているのが他の短歌だったら、読もうという気にならなかったかもしれない。
そう考えると、これもひとつの「縁」。出会った短歌すべてとはいかなくても、心に残ったものくらいはずっと忘れずにいたい。

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たんぽぽの種がどこに落ちるのか……それは「運命」という風しか知らない。
人間の場合も同じ。
親にできるのは祈ることだけだ。どうかその場所でたくましく生きていって欲しい、と。

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もしも…

人生には無数の「もしも」が存在する。

いや、人生には「もしも」なんかない、今ある現実がすべてだ、という人もいるだろう。
正しい考えだと思う。
かつての私もそう考えていた。

だが、人間は想像する生き物だ。「もしも」を想像しない人間などいない。
「現実」は、人間の匂いが付着して、つまり「もしも」という可能性をまとって初めて「人生」となり得るのだと思う。
世界には「現実」しか存在しなくても、人生には「もしも」が存在する。そういうことだ。

          * * *

このブログにも何度も登場しているが、私には息子が一人いる。
息子一人しかいない、というべきか。

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一人だけの子供が男の子だったことに不満があるわけではない。
一人だけなら男の子、と思っていた。
それでも、「もしも」を考えることがある。

もしも自分に女の子がいたら……

          * * *

もし娘がいたら、私にはやってみたいことがある。
それは、あるものを贈ること。
何を?

真珠を、だ。

          * * *

真珠は貝の中で作られる。
(人間によって)体内に入れられた異物。それに傷つけられた貝は、身を守るために液体を分泌してその異物を包み込もうとする。
やがて、それは何千もの層になって真珠となる。
いわば、貝の流した涙の固まり、それが真珠なのだ。
(ちなみに、貝の半数は「痛み」に耐えられずに死んでしまうという。)

          * * *

貝の涙が美しい珠を作り出すように、
流した涙を心の美しさに出来るような、そんな女性になって欲しい……

そんな願いを込めて真珠を贈ってみたかった。18歳か20歳の誕生日に。

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さよなら幼稚園、あるいは初恋の思い出

随分と前のことになるが。
3月19日は息子の卒園式だった。

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幼稚園を卒業するまでに成長したということだから、「うれしい日」のはず。
でも、ほとんどの母親が泣いていた。
うれし涙? いや、「別れ」の雰囲気が涙を誘うのだろう。

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教室に掲示してあった自画像。1年ほど前からやたらと首の長い人物画を描くようになった。
これはまだ短い方だ。

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式後にパチリ。幼稚園での最後の写真。後で横になっている(砂だらけの校庭なのに!)のは一番の友達。

さようなら、幼稚園。

だが、息子にはもう一つの「さようなら」があった。

それは、好きだった女の子がこの日を最後に遠くへ引越してしまうのだ。
おそらくもう会うことはないだろう。

さようなら、幼稚園。
さようなら、初恋。

この日はどちらの「さようならの日」として息子の心に刻まれるのだろうか。

子供の目は未来を見つめる。
だから、どちらもただの通過点として忘れ去られてしまうかもしれない。

          * * *

息子の初恋を書いたついでに、自分の初恋も書いてみたい。
こんな「ついで」がなければ、書くこともないだろうから(照)。

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小学校4年生のときだった。
相手は色の白い可愛い子。
好きになったきっかけは覚えていないが、外見に惹かれたのだろう。その子の雪のように白い肌を、きれいだなぁと眺めていた記憶がある。触れたいなどとは考えもしなかったが。

「好き」という意識はあった。だが、それを「初恋」として自覚していたのかは思い出せない。後から考えれば初恋だったということであって、当時はその意識はなかったのかも知れない。

この初恋に関する思い出はふたつある。

ひとつは、年末のこと。
年賀状を出すために、親しい級友たちに住所を聞いて回った。
もちろん、最も年賀状を出したかったのは、彼女に、だ。だから、どういう経緯でかは忘れたが、彼女の住所は最初に調べてあって、ノートの一番上に書いてあった。
ある女の子に「住所書いて」とノートを渡したとき、たまたま近くにいた彼女がノートをのぞき込んだ。そして、不思議そうに尋ねた、「どうしてわたしの(住所が)書いてあるの」と。
何も答えられなかった。上手い言い訳なんて思い付くはずもなかった。真っ赤になってうつむくしかなかった。

彼女はどう思ったのだろう。
わからない。少なくとも「この子、わたしのこと好きなのかな」とは思わなかったはずだ。まだ本当に子供だったのだから。30年前の小学生は現代の子供ほどませてはいなかった。
だから、不思議に思っただけで、私の気持ちに気付くことはなかっただろう。間違いなく。

もうひとつ。
体育の時間に私が膝を擦りむいたことがあった。
保健委員と保健室に行って消毒してもらうことになったのだが、保健委員が他ならぬ彼女だった。

保健室には誰もいなかった。

二人きりの保健室。椅子に座った私の足元にひざまずいて治療をしてくれる彼女。
その白い手をドキドキしながら見つめていた。
その後も何度か「ドキドキ」を体験した(はずだ)けれど、最も懐かしくそして切なく思い出す「ドキドキ」はこのときのものだ。静かな保健室に自分の心臓の鼓動が響いているように感じた。そして、おぼろげながら何かしら性的なものを感じていたのだろうとも思う。

以上のふたつが私にとっての初恋の思い出だ。

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彼女に対する感情は中学校に入るまで続いた。
中学ではクラスが違って目にすることさえ少なくなり、次第に小さな存在になっていった。
彼女は……可愛い子だからやはり目立ったのだろう、中学校に入って間もなく上級生と付き合いだした。
と言っても、「付き合う」がどうすることなのか、当時の私にはさっぱりわからなかったのだが…。

そんなふうにして私の初恋は終わった。

終わった?

いや、続いていた(いる?)のかもしれない。
それ以降も好きになったのは「色白で小柄」、つまり初恋と同じタイプの女性ばかりだった……。

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言葉にする

長いこと放置してしまった。
2ヶ月も更新しなかった。

調べてみると、この期間も1日10件前後のアクセスがあったようだ。
書いている自分でさえ見ることもなく放っておいたのに、時折訪問してくれる人がいたというのは嬉しいものだ。
だが、彼らは直接面識のない人、ということを考えると、気にしてもらっているのは自分という存在ではなく、あくまでこのブログということになる。

素直に喜んでいいのか…?

大いに喜ぼうと思う。ブログだって自分だ。自分の一部がブログだ。
いや、拡大した自分がブログなのか。
書きためられた記事を振り返るとき、それは確かに自分が創出したものなのだけれど、逆にその中に自分が存在しているような感覚を覚える。記憶は自分の一部だけれど、記憶の中に自分が存在している……そんな感覚と等しいだろうか。

さて、この期間なぜ書かなかったか?

仕事が忙しい。
それもある。

だが、それは真の理由ではない。

真の理由(大袈裟な表現だな)は、ブログどころではないほど、他のことに心を奪われていたからだ。
そして、本当にブログに書きたいことがあるとすれば、そのことを置いて他にはなかった。
だが、それは書けないことでもある。

書きたいことが書けない。
それでも文章を書くとするならば……文章を書く意味はどこにあるのだろう。
いや、そもそも自分は何のためにこのブログを書いて来たんだ?

記録? 自分の記録ならブログとして発表する必要はない。忘れたくないことくらいは覚えていられる。

伝達? 何を自分は伝えたがっているのか。あるいは誰に? そもそも伝えるべきことなど持っているのか?

整理? 文章化は理性的な作業だ。だから、文章化することで未分化な感情を整理できる。だが、それは未分化ゆえに持ち得たエネルギーを喪失することでもある。

わからない。

だが、私が確信を持って言える理由があるとすれば、それは「懺悔」だ。
まだ書いてはいない。でも、いつかは書きたい記事がある。20代の頃の記憶だ。未だに解決することも、消化することも、忘却することもできていない、「痛い」思い出。
キリスト教徒が神の前で罪を告白し、許しを請うように、私も文章化することで許しを請いたいのだ。
何に向かって告白し、何によって許されたいのかはわからない。
だが、言葉にすることの「働き」「理由」が「懺悔」にあることは、私にとってだけでなく、おそらく全ての人間にとって真実なのではないか、と思う。
人は、許されたくて「話し」「書く」のだろう。

       * * *

4月22日、教え子の結婚披露宴に招待された。
そのときのメッセージカード。
夫婦の間でこそ「言葉にすること」は大切。話すことが許されたいという思いなら、話さないことは相手に対する謙虚さや思いやりを失ったことに他ならないから。

自戒を込めて。

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ゆっくり

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夢を持て
夢を叶えろ

本を読んでも
歌を聴いても
先生の口からも

夢、夢、夢

夢が見つからない君は
置いてきぼりを食らったようで
焦りや罪悪感さえ覚えてしまう

急がなきゃ
急いで夢を見つけなきゃ

だけど
本当は
ゆっくりでいい
ゆっくり自分を大きくしていけばいい

そうすれば
夢のほうが君を探しに来るよ

自分を大きくしていこう
ゆっくりじっくり

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「有限」であること

3月1日卒業式。
こんなことを思った。

…高校は3年間で卒業するところなのだな…

言葉にすると「当たり前」過ぎる。今さら何を、と思われるだろう。
だが、限りがあること、終わりが来ること、「有限」であることにしみじみと思い至ったのだ。

3年間という「限り」。それがあるから、高校時代の一瞬一瞬はかけがえのないものとなる。
無限に続くのであれば、「今」はその輝きを失ってしまうだろう。

そんなことを思った。

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考えてみれば、高校生活ばかりではない。
全てのものに限りがある。終わりが来る。
永遠に続くものなどない。
なぜなら、認識する主体である「私」は死んでしまうのだから。
いつか必ず生命の終わりを迎えるのだから。

それは悲しいことだろうか。
そうかもしれない。

でも、素晴らしいことでもある。

人生に限りがあるから、人は「今」を精一杯生きようとする。
永遠に生きられたら、毎日を怠惰に過ごしてしまうだろう。

可能性に限りがあるから、自分に与えられた能力を最大限に伸ばそうとする。
無限の可能性など嘘だ。自分にはこれしかないと思えるから、それを頑張れる。

出会いに限りがあるから、誰かを心から愛そうとする。
無限に出会いがあるのであれば、誰かに執着する気持ちもなくなる。
それは、苦悩や嫉妬から免れた「楽」な生き方かも知れない。が、その激しさを知らなくて何が人生だろう、とも思う。

「無限」になど価値はない。
人生は「有限」だから素晴らしい。

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タメイキの反対

タメイキ、を反対から読むと、キイメタ……決いめた!

「ため息」を「決断」に変えるには逆立ちすればいいってこと。

精神の逆立ち。

それは、ちょっとしたことなのだろうか。
それとも、とてつもなく困難なことなのだろうか。

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タメイキ

男女共同参画関連の講演で話されたエピソード。

……ある母親が、結婚した息子夫婦の様子を見に行った。
すると、息子が洗濯物を干していた。それを見て母親は、「夫にこんなことをさせるなんて!」と、嫁を憎くも思ったし、息子を不憫にも思った。
別の日、今度は新婚の娘夫婦の家を訪れた。
すると、旦那さんが洗濯物を干していた。母親は「まあ、良くできた旦那さんだこと。娘は幸せね」とニコニコ顔になった……

どちらも同じこと。夫が家事を分担しているだけ。それはこの母親もわかっている。それでも正反対の感情を抱いてしまう。そのことを誰も非難は出来ないだろう。胸の中の泉には公正な感情ばかりが湧いてくるわけではない。

別に嫁姑問題や男女平等について述べたいわけではない。
人間が「感情」を持つ生き物であること、そしてそれは容易に御することのできるものではないこと……このエピソードはその一例に過ぎない。

アタマとココロは別物……そんなことを今更ながら思い知らされている。
アタマでココロを制御できれば、こんなに苦しまなくて済むのにな……。他人事なら、「割り切れないから人生は面白いんだよ」とでも言うだろう。
でも、自分のこととなると……。

クルシイヨ……。

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偶然の一致?

私はオカルト的なものや超常現象などは信じない。
それでも、四十数年も生きてくると、科学や人知を越えているとしか思えない現象に幾度か遭遇したことがある。
私同様にオカルトを嫌う人々は恐らく「偶然」で片付けようとするだろう。私にしたところで、他人から聞いた話なら「偶然だよ。そういうこともあるさ」で済ましてしまうと思う。
しかし、自分が経験したこととなると話は別だ。「偶然の一致」と説明されても納得できない。表面では「そうだよね。偶然だよね」と言うかもしれないが、胸の中では「偶然じゃない」と思うだろう。そんな経験がいくつかある(もちろん片手で足りるくらいでしかないが)。
二例紹介する。

■その1
二十年近く前の話だ。
ある女性の夢を見た。
彼女と知り合ったのはその1年ほど前。一目惚れした。1日おきくらいに電話し、毎週のように手紙を書いたが、それでも逢えたのは数回だった。
そして半年ほどで完全に振られたのだった。
振られてから彼女を夢に見るまでの半年間、彼女と連絡を取ったこともなかったし、彼女の夢を見たことも一度もなかった。ひょっとすると振られてすぐの頃に数度はあったかもしれないが、少なくともその夢を見る前の2、3ヶ月間は一度もなかった。その頃はもう完全に過去の出来事になっていた。
それなのに、その日に限ってその女性の夢を見たのだ。だから、目を覚ましたとき自分でも不思議だった。前の晩に彼女のことを考えたとか、彼女からの手紙を読み返したとか、そういう彼女の夢につながることがあったわけでもなかったし……。それで「なぜ今日に限って彼女の夢を見たんだろう」という不可解な気持ちを抱えながら午前中を過ごすことになった。
昼頃、郵便配達で彼女からの小包が届いた。中身はクリスマスに贈った指輪だったのだが、まあ中身はこの際関係ないだろう。彼女からの小包を受け取った瞬間、ああ、あの夢は予知夢だったのだな、と感じたのだ。

半年間でたった一度夢を見たその日に、その人から何かが届く……偶然にしては出来すぎている。私には未だに予知夢だったとしか思えない。

■その2
これも女性が関わるのだが、上の話よりは2~3年後のことである。
好意を持っている女性がいて、何とか親しくなりたいなと思い、毎日のように電話していた。ただ、彼女は仕事の関係で帰宅が遅くなることが多く、話せたのは週に1、2回であった。
ある時、「今こういう本を読んでるんだけど、今日読んだところにこんなことが書いてあって…」と話したところ、「えっ、私も今それ読んでるよ。私もちょうど今日そこを読んだ」と彼女。お互いあまりの偶然にビックリしてしばらく無言になってしまった……。
その本は何年も前に発売された本で、そのとき話題になっていたわけではない。また、私が彼女との話題作りに彼女の読みそうな本を選んだわけでもない(彼女と読書の話をするのも初めてくらいだった)。
世の中にどれほどの本があるかわからない。それなのに、「同じ本」の、しかも「同じところ」を「同じ日」に読むなんて! 確率的にあり得ることなのだろうか。限りなく「ゼロ」だろう。自分に起こったことでなければ、「作り話だろう?」と疑ってしまうと思う。でも、現実に起こったことなのだ。

これがきっかけで彼女と結ばれたとなれば、この出来事は「偶然」でなく「運命」ということになるのかもしれない。が、結局彼女とは結ばれなかったから、やはり「偶然」ということになるのかな(笑)。
この話の教訓があるとすれば、この世界ではどんなことでも起こり得る、ということだろうか。これ以上に起こり得る確率の低いこともそうはないだろうから。

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一番最初の記憶

私と年子の弟がともに幼稚園のときだったと思う。
家には当時チンという名前の犬がいた。真っ黒の雑種だった。結構大きな犬で、馬のように背中にまたがろうとした記憶がある。もちろんつぶれてしまって乗ることはできなかったのだが。
とにかく、私たちが生まれる前からいて、遊び相手になっていた犬だった。

どういう理由でかはわからない。
チンが保健所に連れていかれることを私たちは知った。
理由を尋ねることはしなかった。保健所に渡すのをやめるよう説得しようとさえしなかった。
大人たちを「敵」と感じたからだろうか。

連れていかれる日の朝。
幼稚園に出掛ける前に、私と弟はチンを裏山(とにかく家の回りは山ばかりなのだ)に引っ張っていって、鎖を木に巻き付けた。
隠してしまおうと思ったのだ。そうすれば連れていかれることはないだろう、と。

幼稚園から帰ってくると、一足先に帰ってきていた弟が「チンがいなくなってるよ」と言う。信じられぬ気持ちだった。だが、裏山に確認に行くことはしなかった。弟が嘘を言う必要はないから、素直に言うことを信じたのか。それとも、心の奥底ではそうなることを予想していたのか。わからない。なぜあのとき自分の目で確かめに行かなかったのか。何かを恐れたのだろうか。(と書いて思い出した。私はそのとき、自分たちのしたことが大人たちにバレたと知ってばつの悪さを覚えた。言わば「恥」が私を行かせなかったのだ。)

置き去りにされた犬は寂しくてきっと鳴いたのだろう。それを聞きつけた大人たちが犬の居場所を知って連れ戻し、保健所に引き渡したのだろう。
たぶん。
と言うのは、このことについて、親と子の間で話されることはひと言もなかったからだ。
何事もなかったかのようにその日は過ぎ、そして次の日が始まった。

犬を隠したことで、私たち子供のメッセージは大人たちに伝わったはずだ。だが、何の言葉もなかった。いや、子供たちの気持ちを知っていながらも保健所に引き渡さざるを得なかったことが、大人たちからの返事だったのだろう。
言葉にしなくてもお互いにわかりあっていた。だから言葉は不要だったのかもしれない。

なぜチンと別れなければならなかったか、その理由を知りたい気持ちはいまだにある。
だが、子供のときに知っていれば、この記憶は今はないであろう。
理由を知らないから完結せずに存在し続けているのである、私の最も古い記憶として。

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